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Flour Party

創作小説を載せています

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小説家のたまごにて、応募に間に合わなかったけれども、消すには勿体なく完成させた小説です(笑)
お題「ひたすらバナナを食べなさい」
続きからどうぞ♪


拍手[2回]





「なぜバナナがない?」

 俺は妻を睨みながら言った。妻は頭を何度も下げて、ごめんなさいごめんなさい、と同じ言葉を繰り返す。俺は用意された朝食に一切手を付けず、大きな音をたてて立ち上がった。リビングから出るとき、少しだけ振り返って、また睨んだ。

「バナナのない朝食なんぞ、俺は絶対に食わんからな」

 妻の瞳が揺らめいている。女って奴は、泣いたら許してもらえると思っているんだ。だまされないぞ。俺はフンッと鼻を鳴らして、乱暴に戸を閉めた。

 

 けたたましい機械音に起こされて、初めて俺は寝ていたことに気が付いた。部屋の片隅にあるテレビが、大音量で画面に映るミキサーの音を流している。枕元にあったリモコンで音量を下げた。画面の端に薄い字で、『簡単にできるバナナ料理』と書かれている。俺は、バナナはそのまま食べる派なので、特に興味も湧かず、テレビを消そうとした。そのとき、ちょうど番組が終わり、ニュースに変わった。大きく映ったテロップに驚き、そのニュースに釘付けになる。女子アナウンサーの言葉をゆっくりと繰り返した。

「バナナの……大量繁殖!」

 あまりの嬉しさに語尾が上ずってしまう。テレビもそのままに、慌ててリビングに駆け込んだ。

 バナナは自然繁殖するものだったか? という考えが頭を過ったが、テーブルに乗せられたバナナの山を見ると、そんなことはどうでもよくなった。妻が、見たこともない幸せそうな顔で笑っている。その声も、普段よりだいぶ明るいものだった。

「見て見てあなた! スーパーで大安売りしていたから、奮発してこんなに買っちゃった。あなた、バナナ好きでしょう? 朝はこれにしましょ!」

 俺はバナナだけの朝食を喜んで受け入れた。二人で山の1/4くらいは食べたと思う。白米や汁物は一切出なかった。

 

 昼食もバナナだった。根っからのバナナ好きではない妻は、もうそのままで食べるのには飽きたようで、ジュースにしたり、砂糖を付けて焼いたりして食べた。バナナや砂糖の甘味ばかりが口に残る。辛いものや酸いもの、しょっぱいもの、とにかく甘くないものが無性に食べたくなった。バナナの山はやっと半分まで減った。

 三時になり、塩気のあるものが無性に食べたくなって、財布を片手に近くのコンビニへ入った。珍しく人が少なくガランとしている。妙な静けさの中、お菓子売り場へ急いだ。しかし、そこにポテチやチョコレートのような、一般的に『お菓子』と呼ばれるものは一切なかった。すべて黄色いバナナで埋め尽くされている。俺は唖然として、そこに立ち尽くしてしまう。すると、後ろにいた女学生がクスリと笑った。振り返ってそいつを睨む。女学生はさらに笑った。

「アハハ、おかしい。オジサン、そこに何があると思ったの?」

「……おか」

「お菓子だなんて言わないよね? 大の大人なのに」

 女学生は俺の言葉を遮って言った。

お菓子が無いなんてありえない。製造会社は何社もあるはずだ。いくらなんでも、お菓子がすべてバナナになるなんて、絶対にありえない。

ずっと考え込んでいる俺を、女学生は憐れむような目で見た。

 「バナナが採れすぎるから、製造会社の人たちも、みーんな栽培や駆除の方に取られたわよ」

「くじょ?」

「呆れた。オジサン、ニュース見ないの? バナナの木が繁殖しすぎたせいで、お米や野菜が採れなくなったからよ。おまけに、ここを含む一部の地域では、バナナ以外のフルーツまで育たなくなったって言うし……そりゃあ、いくらバナナでも駆除しなきゃね」

 俺は何も買わずにその場から逃げ出した。一目散に家へ帰る。呼吸を整えてからリビングに入ると、バナナの山が復活していた。笑顔で駆け寄ってきた妻の声が、やけに遠くで聞こえる。

「あなたがあんまり嬉しそうだったから、また買ってきちゃった」

 

 結局おやつはチョコバナナだった。チョコバナナといっても、チョコレートはほとんど付いてないに等しい。つまりただのバナナだ。

「真っ白な米が食べたい……」

 夕食にバナナジュースを飲みながらポツリと呟いた。妻がキョトンとした顔で俺を見ている。俺はバナナの山を指して言った。

「だってそうだろ? 三食+おやつまでバナナだなんて、俺みたいなバナナ好きだって一日で飽きるさ」

 妻は驚いたような顔をした後、女とは思えないような低い声を発した。

「お前が望んだんだぞ? 別にいいじゃないか。大好きなバナナがずっと食べられるんだぞ? 妻も、お前に怯えることなく、ずっと笑顔でいられるんだぞ。これがお前の世界じゃないか! アハハハハハハハハハ!」

 俺は後ずさりした。妻のことが、こんなにも怖いと思ったことは今まで一度もない。妻は悪魔の形相で、狂人の如く笑い続けている。

「お、俺は……俺はもう、バナナなんて……!」

 必死に絞り出した声は、悪魔の笑い声に掻き消された。

 

 俺は自分の叫び声に目が覚めた。まだ心臓がバクバク鳴っている。二、三度小さな深呼吸をした。漸く落ち着いたところで、大きく欠伸をする。ふと、バナナの文字が目に入った。机の上に無造作に置かれた新聞を手に取る。見出しには、『バナナ一房700越え』と大きく書かれていた。近年の異常気象のせいで、あらゆる物資が値上がりし、とうとう身近で簡単に手に入るバナナまで大幅に値上がった、という内容の記事だった。リビングで項垂れる妻が脳裏に浮かぶ。

「悪いことをしたな……」

 新聞を握りしめ、ポツリと呟いた。小さなため息を一つ吐くと、新聞を適当に放り投げ、部屋を後にした。

 

 リビングの扉の向こうから、妻のすすり泣く声が聞こえてくる。俺は、この扉のドアノブをなかなか回せなくて立ち往生していた。妻が俺の前では決して泣かない理由を思い出したからだ。

『もう、俺の前では泣くな』

 十数年前の、俺が告白したときの台詞。これには『お前は笑っているのがいい』という意味が含まれていたのだが、どうやら妻には伝わっていなかったらしい。それでも、言った本人でさえ忘れていたことを、妻はずっと律儀に守ってくれていた。自分の愚かさに笑ってしまう。俺はなんて最低な男なんだ。それなのに、アイツはずっとそばにいてくれた。感謝の言葉でも言ったらどうだ、と自分に戒めて聞かせる。思わず鼻で笑ってしまった。

「……無理かもな」

 ポツリと呟く。まだドアノブは回せない。

 俺は昔から、自分の感情を素直に言うことができなかった。人前では、決して素直になれない。正直、自分でもこの性格にうんざりしている。何度戒めても、言葉を準備していたとしても、絶対に治らない。でも、今日はもう少し頑張ってみようと思う。今日ぐらいは、こんな俺を愛してくれて、そして心から愛する妻のためにも……。

「素直になれよ、俺」

 ポツリと呟く。長い深呼吸をして、ゆっくりとドアノブを回した。
 

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お読み下さりありがとうございました!
ドアノブを回した先は、ご想像にお任せします♪

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