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Flour Party

創作小説を載せています

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小説家になろうサイトで現在執筆中の、エリス計画さん、ツバサさん、わさびさん、秋桜みりやさんとのリレー小説です
私の担当は第三話でした
つづきからどうぞ


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 私は古びた旧校舎の階段を駆け上がった。階段は、いかにも傷んでいるような軋んだ音をたてる。私はそんなことなど気にも留めず、しかし、手に持つフルートの入ったケースには細心の注意を払いながら上った。向かうは旧音楽室。一人で練習するために見つけた、誰も来ない恰好の場所だ。
しかし、今日は先客がいた。同じフルートを選んだ、同じクラスの桃香さん。プラス、その取り巻き二人。私は思わず顔をしかめた。はっきり言って、私は桃香さんのことをあまり好いていない。むしろ、嫌っているに近い。彼女の父親は有名なフルート奏者で、彼女も幼いころからフルートを吹いてきたそうだ。だから本人曰く、『練習しなくても上手い』のだとか。そういって彼女は、フルートに触れたばかりの私を散々見下してきた。彼女のそういう鼻にかけたような態度が気に入らない。
諦めようかと後ずさったとき、桃香さんが私に気付いた。一瞬、明らかに嫌そうな顔をした後、すぐに愛想よく笑いながら歩いてきた。
「あら、奇遇ね水樹さん。よりにもよって、こんなところで会うなんて。もしかして、水樹さんもあのウワサを聞いてやって来たのかしら?」
「あのウワサ?」
 そう聞き返すと、桃香さんは小バカにしたように小さく笑って、自慢気に話し出した。
「吹奏楽部の七不思議の一つ、『放課後の旧音楽室に行くと、どんな人でもたちまち演奏が上手くなる』ってウワサ。もっとも、私はもう十分に上手いから、そんなまどろっこしいことする必要はないのだけれど、この子たちがどーしても行きたいって言うから仕方なくね……」
 後ろの取り巻きたちは、桃香さんのことをじっと睨んでいる。彼女は仕方なくついてきた訳ではなく、むしろ取り巻きたちが連れてこられたのだろうと、安易に想像ができた。
 どうやって逃げようかと考え込んでいると、ドンッと背中を押された。振り返ると、いつの間にか後ろに回り込んだ桃香さんが意地悪く笑っていた。逃げ場を失った私は、仕方なく前へ進む。後から桃香さんがゆっくりとついてきた。旧音楽室の大きな扉の前に四人が一列に並ぶ。桃香さんがドアノブを握った。
「行くわよ」
 桃香さんを筆頭に、後の二人も先を争うようにして中へ入った。今なら逃げれる。そう思い背中を向けたとき、後ろから腕を掴まれた。強い力で中に引きずり込まれる。
「痛いわよ! 離して!」
 大声で叫ぶと手はあっさり離れた。いくら桃香さんでも、今回ばかりは私もキレた。それほど痛かったのだ。文句を言ってやろうと振り返り、私は言葉を失った。そこには見知らぬ女の子がいたが、それ以上に今いる空間が異常だった。どこもかしこも楽器で埋め尽くされている。すぐ近くにあるように見えるのに、手を伸ばしても触れられない。その伸ばした手を女の子が握った。
「ようこそお姉ちゃん」
 この不思議な空間に驚いたものの、目の前の小学生くらいの女の子には、どこか懐かしい印象を受けた。私はしゃがんで女の子と目線を合わす。
「ねえ、さっき私を引っ張ったのはあなた?」
「うん」
「どうして?」
「お姉ちゃんとお話がしたかったの」
 女の子はとても嬉しそうに笑った。瞼を閉じたせいで、彼女の瞳が見えなくなる。私は少し物寂しく感じた。
「ねえ、目を開けてくれない? あなたの目、とても綺麗ね」
 本来はもっと焦るような状況のはずなのに、彼女の透き通った青い目を見ていると、なぜかすごく落ち着いた。
 ふと、フルートのことを思い出した。手に持っていたケースはなくなってしまっている。私はしゃがみこんだまま辺りを見回した。周りにある楽器はすべて壊れていて、私の新品のフルートはどこにもない。立ち上がって遠くも見てみるが、輝いている楽器は一つもない。そういえば、私の後ろにあるはずのドアもなくなっている。ため息を吐いて目を伏せたとき、女の子が手を放した。お姉ちゃん、と呼ばれて振り向く。
「お姉ちゃんが探しているのはこれ?」
 どこから取り出したのか、女の子は重たそうに私のケースを持っていた。私はそれを抱きかかえるようにして受け取る。
「私のフルート! よかったあ」
「お姉ちゃんフルート吹けるの? ねえねえ、私に聞かせてよ」
 私は小さく首を横に振った。女の子はしょんぼりとして、どうして? と聞いてくる。私は深いため息を吐いた。
「人に聞かせられるほど上手くないわ。それなら、一緒に来た桃香さんの方が上手いんじゃない? 聞いたことはないけど……」
「あの人は嫌い! 一緒にいた二人も。あの人たち、ちっとも楽器を愛していない員だもの。そんな人たちは、ここには絶対入れてあげないの。私はお姉ちゃんのフルートが聞きたいのー!」
 ついに女の子は駄々を捏ねだした。地団太を踏むたびに、周りの楽器がガシャガシャと鈍い音をたてる。私はなだめようと、女の子の頭に手を置いた。ゆっくりと撫でであげると、女の子は少し落ち着いた。
「分かったわ。そこまで言うなら吹くけど、本当に下手だからね。あまり期待しないでよ」
「うん、大丈夫」
 少し間を置いて女の子が何かを言ったが、丁度吹き始めたところだったので、全く聞こえなかった。吹くのを止めて聞き返そうと思ったけれど、女の子が何事もなかったかのように夢中になって聞いてくれているから、私も気にせず吹き続けた。
 今度の発表会で吹くこの曲は、何度吹いても必ずどこかでミスをした。しかし今日は、楽譜さえ見ていない状況なのに、一切詰まらず最後まで吹き抜けられた。
 フルートから口を離すと、小さな拍手がなる。女の子が満面の笑みで手を叩いていた。私はなんだか照れくさくなって小さく笑う。おもむろにフルートをケースに仕舞うと、女の子が私の後ろを指差した。
「出口は後ろだよ。聞かせてくれてありがとう。とっても上手だったよ。もっと聞いていたいけど、もうすぐお日様が沈んじゃって真っ暗になるから」
 振り返ると旧音楽室のドアがあった。いつの間にか、周りにあった楽器たちはなくなっている。私はまた振り返った。
「そういえば、あなたの名前……」

 そこには旧音楽室のドアがあるだけだった。いつの間にか廊下に出ている。窓の向こうから夕日が差して、オレンジ色に染まったドアに、黒い私の影がくっきりと浮かんでいた。女の子に上手だと言われたことを思い出してまたはにかむ。それを誤魔化すようにゆっくりと深呼吸をした。フルートを吹き始めたときに女の子が何を言ったのかは気になったが、それ以外はとてもスッキリとした心持で古くなった階段を下りる。廊下には、何なのよ! もう一度! という桃香さんの声と、もうやめようよー、と涙声になっている取り巻きたちの声が響いていた。

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ぽつり HOME お題小説「朝食にはバナナ」

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