Flour Party
創作小説を載せています
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「許さない。絶対に許さない!」
重い雲が空を覆う中、俺は今日もまた、荒れ地にできたごみ山の中で声を荒げた。もっとも、モノである俺が喋れるはずもなく、叫びたい愚痴も心の中で思うのと何ら変わりない。それでも愚痴らずにはいられないほど腹が立って仕方がない。
もういくら前の事だったかは覚えていない。長年大事にされた俺は、ある日意思を持った。ただの釜の俺は動けもしないし喋れもしないが、それはそれは幸せだった。毎日毎日大切に使われ、人間たちが俺の炊いた米を美味しいと言って食べてくれる。これ以上ない幸せな日々だった。その人間たちの中でも、ババアは特に俺を大事にしてくれた。俺は全く覚えていないが、ババアがまだ小さい頃に、父親が買ってきたらしい。父親はあまり物を買ったり残したりしない奴だったらしく、ババア曰く、俺が父親の唯一の形見なんだとか。そんな訳で、ババアは毎日俺にありがとうと言っていた。
ババアが死んで、俺にありがとうと言う奴はいなくなったが、毎日使われるだけで俺はよかった。なのにある日、母親が最新のスイハンキがいいとか言って、俺をあっさり捨てやがった。
「俺はまだまだ使える。スイハンキなんかより美味い米を炊ける!」
いくら叫んだって、モノである俺の声は奴らには聞こえない。あのときの言い表すことができない感情は、今でも心の端に残っている。
俺がこうして雨に濡れている間にも、あいつらがスイハンキで炊いた米を食って美味いと笑っていると思うと、腹が立って腹が立って仕方がない。そうやって俺はまた、何もない時間を過ごした。
ここに動く時計はないから、どれほど時間が経ったか分からないが、ようやく雨脚が弱くなってきた。目の前の通りを、傘を差した親子が歩いている。女の子が長靴で水たまりの水を跳ねた。その水が俺にかかり、俺は舌打ちをした。どうせ気付かないと思うと、なおさら腹が立つ。
「あ、ごめんなさい」
女の子がペコリと頭を下げた。俺の方を向いて? 気のせいだと自分を戒める。期待なんてするだけ無駄だ。ただ、俺は女の子にあいつらみたいなサイテーな大人になってほしくないと思った。
「お前は、大事にしてきた物を簡単に捨てるような大人になるんじゃねーぞ」
どうせ聞こえないだろうと、俺には似合わないクサいことを言ってみた。こんなのはただの気まぐれだ。ゴミ収集車さえ来ないこの場所で、退屈な日々を過ごす中でのほんのちょっとの気まぐれ。どうせこいつらも、俺に気付かず通り過ぎて行くんだ。
「うん。わかった!」
女の子が笑ってそう言った。その顔は俺に向けられている。そんなバカなことがあるものか。きっと気のせいだ。そう思いたかったが、同時にそう思いたくない気持ちもあった。
「ねえママ。これなに?」
「これ? これはおかまって言うのよ」
親子は絶対に俺を見て話をしている。少し期待に胸躍らせたが、すぐにまた自分を戒めた。誰がこんな汚い釜なんかに興味を持つってんだ。そんな物好きなんかいやしない。今はスイハンキの時代なんだ。時代遅れの俺にはこのごみ山がお似合いさ。とっとと消えろよ、人間!
「ねえママ。これでごはんたけない?」
女の子が俺を指差して言った。母親の方は、何かいいことでも閃いたみたいに顔を輝かせた。
「炊けるわよ。丁度いいわ。洗ったらまだ使えそうだし、コンロでもたぶん使えるでしょう」
冗談じゃない。なんでこいつは釜の俺を使う気なんだ? 今はスイハンキがあるんだろ?
「炊飯器が壊れて困っていたのよ。新しいのを買うにもお金がかかるし……マユちゃん、いいものを見つけてくれてありがとう。これ、持って帰りましょう」
冗談じゃねえぞ! 新しいのを買えばいいだけだろう? 第一、なんで俺なんだ!
俺がどれだけ叫んでも、女の子はこっちを見ず、その言葉は届かない。俺は小さく舌打ちをした。胸なんてないが、胸の奥がむず痒い感じがする。
「えへへ。マユえらい?」
「偉い偉い」
母親は女の子の頭を撫で、その傘を持っていない方の手で俺を持ち上げた。俺はなす術なく大人しくしているしかなかった。
親子は楽しそうに話をしながら道を歩いていく。すると、母親が俺の気になっていた事を聞いた。
「マユちゃん。どうしてこのおかまに気が付いたの?」
女の子はとても嬉しそうに答える。
「このおかまさんがね、だれかひろってーって言ってたの」
そんなこと一言も言ってねえよ! 俺は心の中で突っ込んだ。母親も、そうなのーと軽く受け流す。
「おかまさんはね、雨にぬれてさみしいって。すてられてかなしいって言ってたの。まだつかえるって。おかまさんはね、みんながえがおになるとうれしいんだよ」
女の子は満面の笑みでそう言った。その笑顔が眩しくて、俺は目を逸らした。
「ッケ! 物好きな奴らめ。誰が拾えって言ったんだよ」
女の子の方に目を向けると、得意気な顔で俺を見ていた。俺はとっさにまた目を逸らした。
「せいぜい俺の米の美味さに驚くんだな!」
雨はいつの間にか上がっていた。