Flour Party
創作小説を載せています
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アレクは寒空の下、河原に寝転び星を見ていた。時折吹き抜ける風はひどく冷たく、長い髪を撫でていく。アレクは髪をそっと手で押さえて、星を見続けた。手に持った紙に『オリオン座有り』と書き込む。占星術師であるアレクの仕事は、夜ごと星の動きを観察し、それで政治を占うことだ。それは、今晩のような真冬の夜でも行わねばならない。特に星が好きな訳でもないアレクは、この仕事が嫌いだった。今日何度目かの溜息をつく。どうせ大した問題もないだろうと立ち上がったとき、頭上に黒い塊が降ってきた。思わずそれを叩き落とす。すると黒い塊が小さく鳴いた。
「生き物?」
それは長い尾を持った変わった子ぐまだった。小さな黒い目が潤んでいる。小刻みに震えていた。
「あ、ごめん。痛かったよな」
アレクが手を差し出すと、子ぐまは大きく震えて後ずさる。困ったアレクは、ポケットにあったパンを取り出した。
「くまってパン食べてもいいよな?」
目の前に置いてあげると、子ぐまは恐る恐る匂いを嗅いだ。そして食べ物だと分かったのか、勢いよく食らいついた。アレクが手を伸ばしても、子ぐまはもう恐れない。優しく頭を撫でると、子ぐまは嬉しそうに一声鳴いた。
「そういえば。お前、どっから落ちてきたんだ?」
アレクが聞いても、子ぐまは首を傾げるだけで全く分からない。それどころか、アレクの手をペロペロと舐め始めた。アレクはくすぐったくなって、舐められないように抱き上げる。子ぐまは愛らしい瞳でアレクを見つめた。アレクも子ぐまを見つめ返す。アレクは子ぐまを抱えたまま立ち上がり、返事はできないだろうと分かっていながらも、一応聞いた。
「お前さ、もし行くところがなかったら俺のところに来ないか?」
子ぐまは長い尻尾を振り回しながら、大きく一声鳴いた。そしてアレクの顔を舐める。アレクは子ぐまを制しながら、嬉しそうに帰路に着いた。
アレクは門番に見つからないように子ぐまを毛布で包み、宮殿の大きな門をくぐった。足早に自分の部屋へ向かう。しかし、背後から呼ばれて立ち止まった。アレクが驚いて振り返ると、そこには国王のシン・ムバリトがいた。アレクは、面倒な方に見つかったと心の中で呟く。そんなアレクの内心に気付く気配もなく、シン王は満面の笑みでアレクに歩み寄った。そのとき、アレクの腕の中で、痺れを切らした子ぐまがモソモソと動き出す。アレクはバレてはまずいと思い、慌ててシン王に頭を下げた。
「申し訳ございません、シン様。今は急いでおりますので、失礼させていただきます」
アレクは振り返らずに走り去った。使用人にぶつかりそうになるのを気にも留めず、一気に部屋まで駆けていく。内側からしっかりと鍵を掛け、子ぐまを毛布から出した。そして、机の上に置きっぱなしだったミルクを、皿に移して床に置く。
「ぬるいだろうけど」
子ぐまはあっという間に平らげ、満足したのかウトウトし出した。アレクは子ぐまを寝床に運び、並んで横になる。アレクがおやすみと言う前に、子ぐまはすでに夢の中だった。アレクも疲れていたので、後を追ってすぐに眠りに入る。アレクにとって久しぶりの一人ではない夜だった。
夢を見た。これは夢だと分かっている夢だ。目の前に自分がいる。もうずっと昔の頃の自分だ。溜息と一緒にぽつりと呟く。
――嫌な夢だ。
声は出なかった。
帝国の侵略により焼き払われた村。炎に包まれた家に取り残される、愛する妻と娘。過去の自分の横顔に炎の赤色が映っている。このとき、自分だけが生き残ってしまった。地に伏して泣き叫ぶ自分から目を背ける。ふと、目の端に真っ黒な塊が映った。過去の自分の真後ろ、すっかり焼け崩れて炭と灰の塊になった家の残骸の中に、一匹の小さなくまがいた。過去の自分をじっと見つめている。僕は思わず聞いた。
「お前は誰だ?」
声が出た。一度瞬きをすると、そこは一人と一匹だけの世界だった。家族を焼いた火も、泣き叫ぶ自分も、もうどこにも見えない。くまはこっちを見ていた。
もう一度聞く。
「お前は誰だ」
くまは微笑んで、見つけたと喋った気がした。
アレクはゆっくりと目を覚ました。日はすっかり高く昇り、外から人々の声が聞こえてくる。アレクは起き上がるのが億劫で、ゴロリと寝返りを打った。すると、視界いっぱいにくまの顔が広がる。鼻先を舐められて、アレクはハッキリと目が覚めた。
しばらく固まっていると、心配した子ぐまが二、三度顔を舐める。アレクは枕元にあった布で顔を拭き、子ぐまの頭を撫でた。子ぐまは嬉しそうにその手にじゃれついてくる。夢で見たくまを思い出して、目の前の子ぐまに聞いてみた。
「お前さ、前に会ったことある?」
子ぐまは聞こえていないのか、こっちを見ようともしない。アレクは子ぐまを抱き上げた。
「そんな訳ないか。アイツ、お前より大きかったし、あれから何年も経っているからもっと大きくなっているだろうしなあ」
子ぐまは何を思ったのか、小さく一声鳴いた。アレクは子ぐまを優しく抱きしめる。子ぐまは嬉しそうに何度も鳴いた。そのため、戸をノックする音がアレクの耳に届かなかった。戸の軋む音に驚いたアレクが慌てて振り返ると、そこには唖然と立つシン王がいた。彼の視線は、アレクの腕の中の子ぐまに注がれている。アレクは起き上がって、急いで子ぐまを背に隠した。
「シン様! い、いか用で?」
「アレク、それは何だ? よもや、あの凶暴なくまなんぞではあるまいな?」
その時、タイミング悪く子ぐまが顔を出した。シン王は子ぐまを睨みつけ、アレクを見る。アレクは慌てて子ぐまを抱き寄せ、苦し紛れの言い訳をした。
「こ、この子は僕の大切な友です。決して凶暴なくまなどではございません」
「ほう。では、どのような名だ?」
「名前、ですか……」
アレクは子ぐまを見た。その顔を見ていると、自然と名前が浮かんだ。
「名は、アルカスと申します。とても心優しく、大人しい子です。どうか、くまなどとは言わないで下さい」
アレクがそう言うと、シン王は厳しい表情で近づき、子ぐまに手を伸ばした。子ぐまはその手をペロリと舐める。シン王は優しく微笑んだ。
「真にお前の友のようだ。お前の友なら隠す必要もない。皆には私から言っておこう。だから、昨日のように隠したりするな。私には何でも相談しろと言っただろう?」
「申し訳ございません。以後、気を付けます」
シン王はアルカスを撫でながら、そう堅くなるな、と言った。アレクが深く頭を下げると、シン王は笑いながら部屋を後にする。その様子をアルカスが不思議そうに見ていた。
アルカスが空から降ってきて三日が経った。シン王の計らいで、アルカスについて尋ねる者はなかった。もっとも、アレクは普段夜しか部屋から出ないため、すれ違うのは門番かシン王のみ。シン王はいくら忙しくても、すれ違うたびにアルカスの頭を撫でた。アルカスもそれがひどく気に入ったようで、顔が見えないほどの距離でも、シン王を見分けられるようになった。
三日目の夜。アレクとアルカスはいつもの河原で、並んで横になり、星を見ていた。そばに生えている木はちょうど視界に入らず、見上げる空一面に、いくつもの星が輝いている。アレクは不自然に星のない部分を指差して言った。
「アルカス、あそこの暗いところを見てごらん。あそこは子ぐま座。お前のいたところだろ?」
アルカスは空を仰いだ。アレクの言わんとしていることが分かったのか、悲しそうに一声鳴く。アレクはアルカスを抱き上げた。
「アルカス。お前、いつか空に帰っちゃうのか?」
アルカスは何度も鳴くが、それは人語にならず、アレクには伝わらない。アルカスは鳴き止んで、また空を見上げた。アレクはふと思い出したように呟く。
「そういえば、子ぐま座の母親は大ぐま座だって聞いたことあるなあ。空でアルカスの帰りを待っているんだろうな。そうだよな……アルカスにも家族はいるもんな」
アレクは大ぐま座のある場所を見た。先ほどまで光り輝いていた大ぐま座の星たちは消え、子ぐま座のように、ぽっかりと暗い空間が広がっている。驚いたアレクがずっと見ていると、黒い塊が落ちてきた。それはアルカスの二倍以上の大きさのくまだった。真っ逆さまにそばの木へ落ちる。アルカスはその木に駆け寄った。アレクも後を追って近付く。木から降りてきた大ぐまは二本足で立ち、アルカスを抱いたままアレクに頭を下げた。
「息子がお世話になりました。大ぐま座のカリストと申します」
「ど、どうも……」
アレクはくまに釣られて頭を下げようとして、はたと気付く。そして全力で後ずさった。自分の足に躓いて尻餅をつく。アレクは大ぐまを指して叫んだ。
「くまが喋った!」
「驚くことはございませんよ。何もいたしませんから」
カリストは手を引いてアレクを立たせてあげた。カリストに大人しく抱かれているアルカスを見たアレクは、なぜかほっとして落ち着く。そして、恐る恐る聞いてみた。
「何をしにここへ?」
「迎えに」
カリストは短く答えた。アレクは、やっぱりと心の中で呟く。アルカスはいつか誰かが迎えに来ると思っていた。今しがたもそう考えていたばかりだったので、アレクは冷静でいる。しかし、別れるのは悲しかった。アルカスと一緒に過ごした日々は、たった三日という短さだったが、アレクにとって何事にも代えがたい思い出となっていた。分からないくらい小さな距離を、少しずつ、しかし着実に後ずさる。ふと、アルカスと目が合った。アレクは弾かれるように背を向け駆け出した。
アレクは全速力で宮殿に帰った。廊下ですれ違ったシン王が訝しげに見る。アレクは自室に駆け込み、戸を開け放したまま寝床に飛び込んだ。後を追ってきたシン王が、入り口からアレクを呼ぶ。アレクは聞こえないふりをした。誰にも今の自分の顔を見せたくなかった。まくらがゆっくりと湿っていく。
「アレク」
シン王がもう一度呼んだ。戸を閉め、アレクの横に座る。シン王は何も聞かず、ただアレクが語るのを待った。しばらくして、ようやく落ち着いたアレクが顔を上げた。涙で頬が少し濡れている。アレクはポツポツと語り出した。アルカスの母親が迎えに来たこと。アルカスと別れたくないこと。別れがつらくて逃げてきたこと。シン王は黙ってそれを聞いていた。アレクが再び流した涙をそっと拭ってやる。シン王が口を開こうとしたとき、戸が少々乱暴に開かれた。
「失礼。力加減を間違えたようですね……」
入り口にアルカスとカリストがいた。アルカスはアレクに向かって真っ直ぐに走ってくる。アレクの胸に飛び込もうとして、濡れたまくらで遮られた。アレクはアルカスを見ずに言う。
「帰れ」
しかし、アルカスはアレクから離れない。それどころか、どうにかして顔を見ようとしてさらに近付く。アレクはまくらで押し返して、上に乗っていたアルカスを振り落とした。カリストがアルカスを抱き上げ、静かに言う。
「あなたは勘違いをしています。アルカスは関係ありません。だから、アルカスを嫌ってあげないで……」
アレクはちっとも顔を上げない。シン王はおもむろに立ち上がり、カリストに歩み寄った。正面からカリストを見つめ、確認するかのように言葉を発す。
「お主は、一体誰を迎えに来たのだ?」
「アレク様です。私はあなたを迎えに来ました。アレク・ケフェウス様」
驚いたアレクは顔を上げた。アルカスと目が合い、慌てて逸らす。シン王がやはりか、と呟いたのにアレクは再度驚いた。アレクが見上げると、シン王は真剣な眼差しでアレクを見る。
「アレクよ、お前はもう……」
真実を忘れ去り、偽っていた記憶が正されていく――。
ひどい炎と煙の中、僕は何とか燃え盛る家から脱出した。肺に入った煙を出すため何度も咳き込む。どうにか落ち着いたとき、目の前に一匹のくまがいることに気が付いた。焼け落ちた向かいの家の真ん中に座り、ジッと僕を見ている。
「なぜそこにいる」
くまが人の言葉を紡いだ。恐怖を覚えた僕は、慌ててその場から逃げ出す。背中にくまの声が届いた。
「なぜ生にこだわるのです? あなたはもう……」
自分の声でくまの言葉を掻き消して、僕はがむしゃらに走り続ける。やがて疲れ果て、トボトボと歩いた。
何日歩き続けただろうか。下を見ながら歩いていた僕は、正面から馬の尻を拝んだ。のけぞった反動で後ろに倒れた僕に、その馬に乗っていた男の人が声をかけた。
「怪我はないか?」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
振り返った男は、僕を見て少し驚いた顔をした。目を細めてそうか、とだけ呟く。しかしそれは、まるで何かに納得したようだった。
「お前、私と一緒に来い。先日帝国に焼き払われた村の者であろう?」
男は呟くように言った。僕は小さく頷く。男は背を向け、止めていた馬を進めた。男の付き人達は、煤にまみれて乞食のようになっている僕には目もくれない。僕は男の横について歩いた。
「私の名前はシン。シン・ムバリトだ。お前、私の占星術師になれ」
シンと名乗った王は、耳のいい僕だからやっと聞き取れたぐらいの、本当に小さな声で言った。僕は星のことなどさっぱり分からないが、ただただ生きていたかったから、とりあえず了承する。そしてふと、僕は今まで何をしていただろうと思った。記憶が曖昧で思い出せない。……ああ、妻子を亡くしたんだった。他には? やはりよく思い出せない。
「まあいっか。生きていたらそれで」
シン王の顔が険しくなったように見えた。
「……お前はもう、死んでいるのだ」
シン王が悲しそうに言った。しかし、その目は決してアレクから背けられない。アレクは目を背けて、横を向いたまま肩を震わせる。そして絞り出すように言葉を紡いだ。
「認めたく……ございません」
「アレク。そうは言っても、認めねば……」
「どうか!」
アレクはシン王の言葉を遮って叫んだ。アルカスが驚いて小さく鳴く。
「どうか、お願いですから……一人に、させて下さい」
シン王はつらそうな顔をして、しかし何も言わずそっと部屋から出た。カリストは落ち着いて言う。
「今すぐに受け入れるのは難しいでしょう。しかしいつかは、認めなければならないのですよ。よくお考えになって下さい」
カリストは小さくため息をついた。アルカスは、おずおずとアレクの手を一舐めして、カリストと一緒に部屋を出る。戸が閉まる音を聞いたアレクは、深いため息をついて、寝床に倒れ込んだ。
カリストが部屋から出ると、シン王が正面で頭を下げていた。カリストの腕の中で、アルカスが不思議そうに鳴く。シン王は頭を下げたまま言った。
「どうか、アレクを助けてやってくれ。あいつは、死んだことを忘れてでも生きたかったのだ。あいつの願いは、ただ生きたいだけなのだ。どうにか叶えてあげられぬか?」
カリストは目を伏せて、首を横に振った。
「そうか……すまない。無茶なことを頼んだ。忘れてくれ」
シン王は肩を落として、トボトボと廊下の先へ消えていった。後に残されたカリストとアルカスは宮殿から出る。とりあえず門下で夜を明かすことにした。門番たちは目の前にくまの親子がいても何も言わない。二匹のことは見えていないのだ。最初から、アレクもアルカスもシン王以外の誰にも見えていなかった。
シン王は生まれつき、そういう霊的なものが見えた。なので、アレクと会ったときすぐに納得できた。ただ、アレクがあまりに生きることに執着していたために、なかなか切り出せず、一人悩んでいた。そして今、アレクをこのままにしてあげるべきか、成仏させてあげるべきか、深く考え込んでいる。なので、パチパチという怪しい音に気付くのが遅れた。
はっと目が覚めて初めて、アレクは自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。戸の向こうでバタバタと走り回る複数の足音と、鼻を衝く焦げた臭いが充満している。戸を開けたアレクは、目の前の光景に足が竦んだ。燃え盛る炎。忘れられるはずのない、妻と娘の死の原因。火災が起こっていた。すでに宮殿の外に出た官僚たちがなにやら叫んでいる。アレクが今立っている場所からはその声が聞き取りづらかったので、移動することにした。炎は少しも熱くなく、痛みも感じない。アレクは炎の中を突き進みながら微笑した。
「そうか、死んでたんだった」
アレクが外へ出ると、沢山の官僚たちがある一点を指差し叫んでいた。
「シン王様がまだあそこに!」
アレクは、官僚たちが言ったあそこがどこかも確認せずに、慌てて中に入った。真っ直ぐシン王の部屋に向かう。二階の、一番左端の部屋。入り口の戸はすでに燃え落ち、倒れているシン王が廊下からも見えた。アレクは駆け寄り、安否を確認する。幸い、煙を吸って気絶しているだけだった。しかし、炎が燃え広がる中を、生身のシン王を抱えては通れない。アレクはシン王を何とか背負ったが、打開策が見いだせず、その場に立ち竦む。そうしている間にも、炎はどんどん広がっていき、逃げ道がなくなっていく。大きな音を立てて、入り口に柱が落ちてきた。二人は部屋に閉じ込められる。アレクは一番炎の少ない窓際に寄った。近づいてくる炎を睨む。
「もう二度と、お前らに大切な人を奪わせはしない!」
アレクは真後ろの窓を蹴破った。炎のせいで脆くなっていたおかげで、周りの壁もある程度崩れた。外が見える。下には裏庭が広がり、少し離れているが池もある。アレクは迷わずその池にシン王を投げ入れた。水を被ったことでシン王も気が付き、池から顔を出してアレクを見上げた。
「アレク! お前……見てしまったか」
アレクはシン王の部屋にあった鏡を見ていた。炎と共にそれに映し出された自分の姿に驚き呆れる。
「僕は、こんなに醜い姿をシン様に見せ続けていたのですね」
アレクは煤に汚れ、ひどい火傷を負っていた。皮膚は爛れ、所々剥がれ落ちている。アレクは笑って、シン王に言った。
「 」
その言葉は、宮殿が崩れ落ちる音と炎が燃え盛る音に掻き消され、シン王の耳にまでは届かなかった。崩れていく宮殿の中から、いくつかの光が飛び出した。それはアレクとアルカス、カリスト。それから、シン王の知らない女性が二人、アレクの腕を引いて幸せそうに笑っている。アレクも同じように笑っていた。
「カシオペア、アンドロメダ」
アレクが二人の名を呼んだ。シン王はその時初めて、あの二人がアレクの妻子であることを知った。光は次第に遠くなり、薄い黒煙の舞った夜空に消えていった。シン王は何も言わず、ただただ池の水で顔を洗い続けた。
宮殿のバルコニーから、一人の老人が空を眺めていた。山際から朝日が漏れ、そろそろ夜も明ける。
「ムバリト様。やはりこちらでしたか」
ムバリト老はゆっくりと振り返った。若い男が呆れ顔で歩いてくる。
「星が好きなのは分かりましたから、夜通し眺められるのはおやめ下さい。お年なのですから」
「これはすまん」
ムバリト老はそう言いつつも、再び空を仰いだ。北の空に消えていく星をジッと見つめる。
「早くお戻り下さいね」
呆れ果てた男は戻っていった。ムバリト老は目を細めて、慈しむように星座を見つめ、その名を呼んだ。
「ケフェウスよ。また明日な」
ムバリト老はゆっくりとした足取りで、星が見えなくなった青空に背を向けた。
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