ヤツは楽しそうに笑った。ボクはその笑い声が不愉快でたまらない。アクアが服の端を握っているのも気にならないほどに。
「お前なんかとこんなところで会うとはな」
「私もですよ。そもそも、あなた様はてっきり死んだものと思っていました」
「世間ではそうなってるだろうな。アイツの権限で」
「まあ! リューイ様をアイツ呼ばわりとは。あなた様も随分とお偉くなられたのですね」
彼女の表情が少し曇り、手から白いもやがにじみ出る。ボクは服をつかんでいるアクアの手を握った。アクアが驚いているのが振り返らなくても分かる。そのままグッと引き寄せた。
「飛ぶぞ。絶対に手を離すなよ」
その言葉を合図に、ボクは空高く舞い上がった。アクアは手を離すまいと強く抱きかかえている。落ちないように腰に足を添えてあげた。バランスが取れたアクアは、ギュッとつむっていた目を開けて下を見た。下では、魔女が高笑いをしていた。
「そんなところに逃げたからって何になるの? 私の霧はすべてを包み込み、隠してしまえるのよ!」
彼女の手から放たれた霧があっという間に広まっていく。アクアが怯えて、ボクの手をさらに強く握った。たちまち辺りは真っ白になる。ボクは小さくため息をついて、スッと右手を突き出した。
Flour Party
創作小説を載せています
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お面の人は僕の涙を手で拭った。
「……あ、すいません。ありがとうございます」
「礼なんかいいさ。笑え笑え。ここは楽園だからな」
「そうさ、笑いな新人」
「よう、新入り。お前結構若いな」
いつの間にか、周りに人が集まって来ていた。女の人が僕の手を取って立たせる。不思議そうな顔で僕の髪をジッと眺める。
「あなた島の外から来たの? 見たことない髪の色ね。大変だったでしょう。もういいのよ、苦労なんかしなくて。ここでは誰もが楽しく笑っていられるわ」
「ほらこっちだ。丁度新しい家ができたばっかなんだ。お前の家だったんだなぁ」
「あ、いやあの……僕は、別に」
「遠慮しなくていいのよ。ここでは好きなことを好きなだけしていいんだから」
桃源郷の住民たちが僕の背中をぐいぐいと押す。いつの間にかお面の人はいなくなっていた。
「ぼ、僕は一緒に居た人が……」
「あら、お仲間がいたの? でもね、今はまだこの街には若い子しか住めないの。あなただけ連れて来られたってことは、お仲間はお年寄りか子供?」
「まあ、見た目は子供ですけど……」
月明かりに照らされた、小さなベラの背を思い出した。あの我の強い少女は無事だろうか。あの島にはまだ魔物がいるはずなのに……
僕は小さくため息をついた。
「そう固くなるな新入り。何もお前にひどいことをしようとして攫ったわけじゃない」
くぐもった女性の声だった。お面の人は僕の頭をそっと撫でた。蚊の鳴くような悲鳴が漏れる。お面の人はくっくっくっと笑った。
「だからビビる必要ねぇって。アタイらはあんたに楽園を見せてやろうと連れてきたわけよ」
「楽園?」
「そうさ。周りを見てみな」
そう言われて辺りを見渡すと、そこは洞窟のような場所だった。しかし、天井は照明で埋め尽くされて眩しく、開けたこの場所にはビルや家々が立ち並んでいた。
「こ、ここはいったい……?」
「ここは”
お面の人は僕の頭をわしゃわしゃと掻き回した。されるがままの僕は、その仕草に懐かしさを覚えた。
まだ小さかったころ、お嬢様はよくこうやって僕を褒めてくれた。よくやったなアル、と誇らしげに笑いながら。とてもうれしかった。産まれてすぐに捨てられ、お嬢様のご両親に拾われてから十何年、いつも僕はお嬢様の隣にいた。わがままだけど実はすごく優しい、一生を捧げるはずだったお嬢様はもういない。
霧が晴れると、地面にあの女が倒れていた。うつぶせになったままピクリとも動かない。当然と言やぁ、当然だ。いくら加減したとはいえ、あの炎に耐えられるほどこいつは強くない。
ボクは得意気に鼻を鳴らしながらゆっくりと降りた。
「す、すごいですベラさん」
「フンッ! この程度で感心しているようじゃあ、まだまだガキだな」
「またその話を! どう見たって私の方が年上じゃないですか!」
ボクはムカついて、言い返したアクアの胸ぐらをつかんだ。
「あのなぁ! 背の高さで物を言うんじゃねぇ! ボクは成長しないんだよ!」
「……ちび」
「はああああああ!?」
完全にキレた。もう知るかこんなやつ。
ボクはいつまでも捕まっているアクアを振り落した。幸い地面が近かったから、アクアは尻を打っただけだった。
「ちょっと、何するんですか!」
「ハッ! 知るかよボケ。もう勝手にしな。ボクは二度と手は貸さん」
そっぽを向いて飛び上がったボクをアクアが引き留めようとする。
「ちょ、ベラさん! アルさんはどうするんですか? それに町の人たちだって。助けに行かないと!」
「だから勝手にしろと言ったんだ。アルでも人間でも、お前が一人で助けな!」
「協力してくれないんですか!?」
「はぁ? ボクが、いつ、お前とそんな仲になったってんだ。アルも同じさ。ボクがわざわざ助けに行く理由なんかないね!」
ベーと舌を出すと、アクアは顔を真っ赤にして地団太を踏んだ。
「人でなし!」
「ザーンネン。あいにくボクは人じゃない。じゃあな」
アクアを残したまま、ボクは島を飛び去った。
ベラさんがため息をついて右手を突き出す。その手の平から炎が噴き出した。私が驚きに目を見開いていると、その炎はたちまちベラさんの右腕を包み込んだ。いや、包み込んだと言うより、腕が炎に変わったと言う方が適格だった。
「そ、それ、なんですか!?」
「はあ? お前何言ってるんだ? ボクの魔力は“炎”なんだぞ」
「で、でも、体が炎に変わるだなんて……」
そんな魔力の使い方は聞いたことがない。随一の戦闘民族の私でも。
ベラさんは私の言いたいことが分かって、深くため息をついた。
「知らないのか、お前も。ちょうどいい機会だ。よーく見とけ。魔力はこんな使い方もできるんだぜ!」
そう言って、ベラさんは炎と化した右腕を振り上げた。そして、とても楽しそうに笑いながら、勢いよく振り下ろした。
「“大炎回”!」
肩から下が炎になって、回転しながら下へ伸びていく。凄まじい火力だ。顔に当たる熱風で火傷しそうだった。私はベラさんの服をしっかりと握って落ちないようにしながら、心の中で感服していた。
腕を炎の燃料にして、少ない魔力で恐ろしいほどの火力を作り出している。今まで私は、この身に宿る膨大な魔力に頼って、ただただ大きな技を繰り出すことしかしなかった。ベラさんとは正反対の戦い方で、ただの魔力の無駄遣いだと思い知らされた。
炎によって霧が完全に消えても、私はベラさんの顔を見れなかった。