Flour Party
創作小説を載せています
「“水鉄砲”!」
私は指を銃の形に構える。掛け声と共に、指先に溜まった水泡が勢いよく飛んでいく。しかし、真っ白な視界の向こうで、木が砕ける乾いた音しかしない。
「どこを狙っているのです? 私はこちらですよ」
後ろから魔女の笑い声が聞こえる。私は振り返りざまに、声のした方へ数発お見舞いする。また乾いた音が響いた。
「アハハ、お姉ちゃんヘッタクソぉ」
あの女の子の笑い声も響く。霧に視界を奪われ、もう伸ばした自分の腕さえ見えない。真っ赤な炎が脳裏をよぎって、小さく舌打ちをした。
「あらあらお嬢さん、もう終わり? 張り合いがありませんねぇ。ベラ様のお付きの方なら、もっと魔力を使いこなせてもいいでしょうに」
「お姉ちゃん、もっと遊んでよ。魔力使えるんでしょ? もっとおっきい技出してよ!」
呆れたような声と無邪気な声があっちこっちから聞こえて、頭の中でぐわんぐわんと反響する。思わず耳を塞いでうずくまった。ギュッと目をつぶって、首を左右に激しく振る。
冷たい霧が体に纏わりついて気持ち悪い。汗なのか水滴なのか分からないものが体中を伝う。不意に右手を掴まれた。私は思わず目を開ける。視界いっぱいに魔女の顔が広がっていて、甲高い悲鳴が空気を震わせた。
魔女の後ろで鈍く光る銀色の何かが見えた。私に向かって振り下ろされるそれを凝視しながら、ああ私死んだなぁ……なんてのんびりと思った。
「お姉ちゃん、こっちこっち」
「ちょっと待って。引っ張んないでよ」
青い髪のお姉ちゃんは腕を大きく振って、私の手を振りほどいた。私はムスッとして振り返った。
「なによ、遊んでくれるって言ったじゃん」
「言ってない言ってない! 一っ言も言ってない! あなたが勝手にそう思ってるだけでしょ。こんなところまで連れて来て……腕痛かったんだからね。どこよここ」
お姉ちゃんは腕をさすりながら周りを見回す。でも周りは木ばかりで、ため息をつきながら私の後ろを見た。
そこにはお城の入り口のおっきな扉がある。
「お姉ちゃん、お外で遊びたいの? でも中の方が明るいよ?」
「あなた、ここに住んでるの? 王族か何か?」
「おうぞく……? わかんない!」
笑って答えるとお姉ちゃんはまたため息をついた。
「ため息ついたらシアワセがにげちゃうんだよ」
「うるさい! 関係ないわよ! だいたい、あなたがいけないんでしょ」
「えー、なんでー?」
首をかしげながらきくと、お姉ちゃんは頭をクシャクシャとかき混ぜて、知らないわよ! と怒鳴った。
「うるさいのはお前だよ」
不意にお姉ちゃんの後ろから声がした。うっすらと霧が出てくる。
「あ! お姉ちゃん、おかえりー!」
私はファグお姉ちゃんに手を振った。
「ベラ……大丈夫かな? アクアさんも心配だなぁ」
「それがあんたのお友達の名前?」
「わっ!」
急に話しかけられ飛び上がった。目の前にあのお面の人が立っている。口元に手を持っていっているから、おそらく笑っているのだろう。僕は少し頬を膨らませた。
「何だ青年。気を悪くしたのなら謝ろうか? だが、そんなもの必要ないだろ? 怒るな怒るな。笑えよ、青年」
「いいです、笑いたくありません。僕、帰りたいんです。出口はどこですか?」
「何で帰りたいんだ? ここは人の創造する理想郷なんだぞ? ここにいれば誰もが笑っていられる。ホラ、見ろよ周りを。悲しんでいる奴がいるか?」
僕は広場にいる人々の顔を流すように見て、首を左右に振った。
「じゃあ、苦しんでいる奴は? 憂いている奴は?」
首を横に振ることしかできない。
「無表情の奴は? いないだろ? なぜなら、ここが桃源郷だからだ! すべての人が笑っている。これが人間の理想だ! 私たちはそれを実現できている! お前もただ笑っていられるというのに、なぜ帰りたがるんだ? 何が気に入らない?」
僕は俯いて唇を強く噛む。何だかよくわからないけれど、この人がすごく怖い。汗が垂れてきた
「ホラ、言ってみろ青年。ここはそうして日々進化しているのだ」
笑った般若の顔が近づく。
怖い。怖い。怖い。怖いよ、ベラ……僕を助けて。
ボクは島から少し離れた海上を、ずっと回りながら飛んでいた。考え事をするといつもグルグルと回ってしまう。前に変なクセだと笑われたなぁ、とぼんやりと思った。と同時にアルのことも考える。
「助けるべきか、助けないべきか……でもなぁ、ボクと関わったらロクな目に合わないし、かと言ってここで見捨てて、死んじまったりしないよな? この島は初めてだから分からんぞ。アイツと会ったのも久しぶりだし……あーもう! 一体どうした方がいいんだよぉ!」
イライラして水面をバシャバシャと叩いた。
――いい? 困ってる人がいたら助けてあげるのよ。善い行いをするの。そしたら、人は自然とついてきてくれるわ。味方を、仲間をたくさん持って。もしも自分が困ったら、その人たちが必ず助けてくれるから――
「お母様……ボクは助けてほしくなんかありません。仲間なんかいりません。ボクは……ボクは……」
――独りでいいんです。
自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。目の奥がじんわりと熱くなる。でも涙はこぼれない。ボクはまた水面を叩いた。
「知らない! 知らない! 困ってるヤツなんか、アルなんかボクは知らない! あんなヤツ知るもんか! ボクには関係ない!」
飛び跳ねた水しぶきが顔や髪を濡らす。いつの間にかフードがとれていた。赤い髪が風になびく。忌々しくて愛おしい赤い髪。
もう一度強く水面を叩いた。
「……とりあえずこのままでも大丈夫?」
誰に確認するでもなく呟いた。
「アルさんどこだろ。この角を曲がったはずだけど……」
アルさんが曲がったはずの角を曲がってみても、薄暗い道が続くだけで、先は闇に呑まれて分からない。とりあえず進んでみることにした。
三十分くらい歩いて、私は長いため息をついた。あっちの角を曲がってみたりこっちの角をまがってみたり、行き止まりもかなりあったが、結局どこにもたどり着けなかった。道の真ん中にペタンと座り込んだ。ボーっと空を仰ぐ。どんよりと重い雲が余計に私の気持ちを沈ませる。何度目かのため息が出た。
「アルさんどこ?」
なんて弱弱しい声よと自分にぼやく。
何が人魚族。何が世界最強の戦闘民族だ。私はこんなに弱いじゃないか。
次第に頭が垂れる。ポタリと涙が落ちた。茶色いレンガの道に黒い跡を作っていく。
「あーもう! 私ってば情けない!」
涙を拭って、渇を入れる様に頬を叩いた。スクッと立ち上がり、顔を上げた。
「ウジウジなんてしてらんないよ私! アルさんを助けないと!」
自分に言い聞かせるようにわざと大きな声で言った。当てもなく歩き出す。
「ねぇ、あなただぁれ?」
突然後ろから聞こえた声に、私は思わず悲鳴を上げた。