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Flour Party

創作小説を載せています

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アクアが水中へ消えた後も、僕は上を向いたまま動けなかった。少しして、アクアが戻ってきて船が小さく揺れる。そしてやっと僕は正面を向いた。それでもまだ声が出なかった。口を開けたまま唖然としていると、ベラが落ち着いた声で言った。
「人魚の幻獣か・・・珍しいな。人魚は普通、幻獣族の島から一切出ないと聞いたが?」
「私、家出したんです。海軍に入りたくて」
   アクアがそう言うと、ベラは身を乗り出して声を荒げた。
「海軍だと!? お前、分かって言っているのか? 海軍は政府直属の機関なんだぞ! そのほとんどが魔族だ。奴らは異種族を認めない。ただでさえ幻獣族は珍しい種族なのに、その中でも普通は出会えられない人魚が、政府に近づいたらどうなるか分かるだろ!」
「でも、こんな戦闘力は海軍も欲しいと思いますよ。幻獣族は世界一の戦闘民族ですから。その中でも、人魚は秀でた魔力を持つんです。私、まだまだ小さいですが、こう見えて結構強いんですよ?」
   そう言いながら、アクアはウインクをした。僕はベラの声の大きさとその怒気に怯えながら、それを正面から受けて平気な顔をしているアクアをすごいと思った。ベラは大きなため息をついて、勝手にしろと言った。アクアは勝ち誇った笑みを浮かべ、初めからそのつもりです、と返した。
「だいたい、私より小さいベラさんに言われたくありません」
「何を!? ボクはお前よりずっとずっと、ずーっと年上だ!」
    ベラがアクアを指さして言った。身長は、確かにベラのほうが低い。口調のせいもあって、アクアの方が随分と年上に見える。ベラはわざわざ翼を出し、少し浮き上がって上からアクアを睨んだ。アクアも睨み返す。僕は間に入って二人をなだめた。
「まあまあ、二人ともケンカしないで。どっちが年上でもいいじゃないですか。実際、お互いに年が分かるような証拠なんてないんでしょう?」
   僕がそう言うと二人は急にシュンとして、声をそろえてそうだけど! と言った。息が合ったことに二人はまた睨み合ったが、すぐにそっぽを向いた。ベラも静かに降りてきて翼を仕舞った。
「この話はやめましょう」
   アクアがそう言うと、ピリピリとした空気がやっと和らいだ。

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    目の前で船を漕いでいる少女はアクアと名乗った。僕たちが正体を明かす前に、彼女はベラを指さして、神の使徒、と短く言った。ベラが顔をしかめる。僕はアクアとは反対の船の端まで飛び退いた。彼女が怪訝そうに、なぜ知ってる、と聞いた。
「遠くから見ちゃったんです。あなたの背中に翼が生えていたところ。私、神族について調べてるんです。だからもしかしてと思って」
   そう言って彼女はウインクした。ベラは警戒心を露わにして、半ば怒ったような声で言った。
「なぜ使徒の存在を知っている? 普通の人の手に入るようなものに、使徒のことは書かれてないはずだ。お前は何者だ!」
「そんなに怖い顔をしないでください。私の産まれた島にはあったんですよ。使徒について詳しく書かれた本が」
   僕は神族や使徒のことについては全く知らないから、その本僕も読みたい、なんて空気を読まないことを言ってしまった。案の定、ベラがその恐ろしい顔を僕に向ける。僕はひっ! と縮み上がった。ベラは小さくため息をついて、またアクアの方を見た。あの顔を向けられて、ヘラヘラと笑っていられるアクアの図太さには感心する。しばらくの沈黙のあと、ベラが口を開いた。
「昔、ボクに、神族についてしつこく話を聞いてきた女がいた。たぶんその人が書いた本だと思うが・・・お前は幻獣族なのか?」
    ベラがそう聞くと、アクアは少し驚いた顔をしてそうですよ、と答えた。そして、漕いでいたオールから手を離したかと思うと、いきなり海に飛び込んだ。僕は慌てて海を覗くが、真っ青な彼女の髪は海の色と混じり、彼女の姿を見つけることはできない。しかし、すぐに近くからおーい、というアクアの声が聞こえてきた。僕らは声のした方を向く。
「きっと驚くから、見ててよ!」
    そう言って彼女はまた水中に消えた。そして、大きな魚が僕たちの乗っている船を飛び越えた。僕はすぐに、それが魚じゃないことに気付く。それは、ワンピースの下から魚のヒレを覗かせたアクアだった。

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    僕の叫び声に、ベラは耳を塞いでうるさい、と言った。僕は頭を抱える。
「だって、いくらなんでもいきなりすぎだよ。僕が神の子の生まれ変わり? そんなの・・・」
「信じない? でも事実だ。ボクには分かる」
    長く赤い髪が風に揺れた。
「キミのように自覚してない人は多い。まあ、そのおかげで神族は滅ばずにいるんだが」
ベラは腕を組んで目を閉じた。波の音だけが聞こえる。少しの静寂の後、ベラが片目を開けてところで、と言った。
「アルはこの世界の王を知っているか?」
「王? 『魔王』のこと?」
   ベラが両目を開けて頷いた。金とも赤とも言えない二つの瞳が僕を見据える。味方のはずなのに、少し恐怖を覚えた。
「そう、その名の通り魔族の王。でも、その魔王にも世界でたった一つ恐れるものがある。何だと思う?」
   僕は首を傾げた。噂では、魔王は不死と言われ、恐れるものなど何もないと言われている。死なない魔王が恐れるもの? 僕は思いつかなくて首を左右に振った。
「ボクたちだよ」
   ベラは短く言った。その目はどこか悲しそうに見えた。
「不死と言われる魔王を殺すことができるのは、ボクたち使徒だけなんだ。だから魔王は、魔物たちを使って神族を皆殺しにしようとしている。使徒の人数はわからないから、そんな子を産む可能性のあるもの全員を、だ」
   僕はだからか、と納得して頷いた。
「・・・あれ? そうなると、僕はもうどこでも安静に暮らせないじゃないか」
   ベラは実に落ち着いた声でその通りだ、と言った。
「ボクは、命を狙われるからって隠れてコソコソ生きるのはゴメンだ。一つの島にいられないから、こうやって旅をしている。それに、探しているものもあるしな。アルはどうする?」
「僕は・・・」
    答えようとしたとき、大きな水音がして船が揺れた。僕は叫びながらベラにしがみついた。
「誰ですか? 私の船に勝手に乗っているのは」
   海面から顔を出した少女が訝しげに僕たちを見ていた。

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    島を出てしばらくすると、ずっと叫び続けていたアルが急に大人しくなった。やっと落ち着いたかと一安心する。正直言って、人を抱えて飛んでいる上に暴れられたらたまったものじゃない。正直もうクタクタだ。どこかで休めないかと辺りを見回しても、一面真っ青な海が広がるだけで、島影も何も見えない。
「君は誰? どうして僕の名前を? 神族って何? その翼は?」
    質問攻めに遭った。めんどくさくて小さなため息が漏れる。どう言ったら手短に分かりやすく伝えられるか。
「ボクの名前はベラだ。それと・・・キミは女神伝説を知ってるか?」
「知ってるよ。人間を守っていた女神が魔王に殺される話」
   ボクはうん、とうなずいた。あの話を知っていたら説明がだいぶ楽になる。
「その話は実話なんだ。それで、女神に力を分け与えられた一族を『神族』と呼ぶ。その中で、女神が予言したように力を濃く受け継いだ者たちのことを『神の使徒』と呼ぶ。ここまでは分かるか?」
   アルは小さくうなずいた。そのとき、丁度海面に浮かぶ小舟を見つけた。漂流でもしたのか、誰も乗っていない。もうだいぶ疲れていたから、迷わずアルを降ろし、ボクも縁にもたれかかるようにして座った。翼を背中に仕舞う。アルは少し驚いて、それ以上に話のことが気になったのか、それで? と首を傾げた。
「僕や君が、その神の使徒ってやつなのかい?」
「使徒は他にもたくさんいる。ボクは翼の能力を受け継いだからこの翼が生えている。ただし、キミは特別なんだ、アル。キミは女神の力を受け継いだんじゃなく、女神の生まれることのなかった御子の生まれ変わりなんだ」
    アルは少しだけ呆然としたが、すぐにこの海原に響き渡るほどの大きな声で叫んだ。

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   大きな音がして、僕は恐る恐る目を開けた。体をあちこち触ってみるが、別にどこも怪我していない。目の前にいた大男は消えていて、代わりに現れた真っ白な何かに僕は目を奪われた。新月の闇の中でも、光っているかのようにはっきりと見えて目を引く。長く赤い髪が風になびいた。
「大丈夫か?」
   振り向いたその人は、あのフードの人だった。しかしフードは風に揺れ、その顔が露わになっている。深緋色の混じった金色の瞳と目が合った。一瞬怖くなって身をすくめる。少女は僕の手を引いて立たせてくれた。
「・・・きれいだ」
   僕は思わずつぶやいた。すると少女は怪訝そうな顔をして、綺麗なんて言うな! と怒鳴った。僕は肩をすくめる。ビクビクしていると、少女は大きなため息をついた。
「キミは男だろ? 情けないなあ」
    不意に大きな音がした。少女の背後に目をやると、崩れた建物からあの大男が出てきた。僕はまた悲鳴を上げる。
「いってぇなぁ! なんなんだてめぇ!」
    大男は叫ぶと同時に姿を消した。僕が呆気に取られていると、少女に腕をつかまれた。ふわりと浮かび上がり、地面から足が離れる。そして、僕たちのいたところの地面が、大男の斧によって砕かれた。サッと血の気が引くのを感じる。後ろでバサッと音がした。首だけで振り返った僕は息を呑んだ。あの白いものは、少女の背中から生えた大きな翼だった。
「つ、翼!? なんだそれ!?」
「うるさい。舌噛むぞ」
    少女は雄々しい口調で僕の言葉を足蹴にした。近くの建物の屋上に、乱暴に僕を降ろす。
「い、痛いです! なんなんですかあなたは!?」
「アル! 島を出るぞ。長居は無用だ」
   少女はまた僕の言葉を無視して、立ち上がった僕を背後から抱きかかえるようにしてがっしりとつかむ。
「どうして僕の名ま・・・うわああああああ!」
    少女は僕の言葉を遮って飛び立った。大男が遥か下で何か叫んでいる。その声は高さのせいか僕の悲鳴のせいか、全く聞こえなかった。

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